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神格化しない、ブラック・ミュージック(第4回)
ブラン・ニュー・ヘヴィーズとジャズファンク
   
 “アシッド・ジャズ”。
 1990年代に一大ムーブメントを起こしたこのジャンルの起源は、1970年代初頭までさかのぼる。ジャズ・レーベルの「プレステイジ(PRESTIGE)」を中心に展開された新しいサウンドは、当時“ジャズ・ファンク”と呼ばれていた。これは、4ビートではなく、ファンクのリズムにジャズの演奏を乗せようとした試みだった。発想としては、後の“フュージョン”に通じるものがあるが、リアルタイムでの評価は決してよいものではなかった。
 “大衆に迎合した、堕落したジャズ”という烙印を押され、多くの作品が廃盤の運命をたどった。価値のない中古LPとして段ボールの箱に押し込まれ、バーゲン商品として売られていたものだ。音楽ファンのだれもが、このジャンルを無視していた。
 ところが…。
 1980年代後半に端を発したクラブ・ブームで、DJたちが好んでサンプリングしたのが、この“ジャズファンク”のLPだった。ファンクのリズムに乗って演奏されるジャズの、この上なくクールなイメージが時代にマッチしていたのだ。リアルタイムでは“大衆に迎合している”と指摘された要素は、見る角度を変えれば“良質のポップス”とも解釈することができる。そして、ジャズ・ファンク”のリバイヴァルが始まった。
 バーナード・パーディ、ロニー・リストン・スミス、ジョニー・“ハモンド”・スミス、アイヴァン・“ブーガルー”・ジョー・ジョーンズ、ラスティ・ブライアント…。忘却の彼方にあった作品群が、次々と再発売された。しかもそれらは、DJやラッパーたちがサンプリングすることを考慮に入れて、オリジナルの30cmLPの形で復刻された。俺も、これらのLPを手に入れるために、しょっちゅう下北沢へ通ったものだ。

 この、“アシッド・ジャズ”・ブームの立役者になったのが、ブラン・ニュー・ヘヴィーズだ。

 

 

   
 1980年代後半から活動を初めていた、ブラン・ニュー・ヘヴィーズがブレイクしたのは、1991年にリリースされた、ファースト・アルバム『THE BRAND NEW HEAVIES』と、同アルバムからシングルカットされた「Never Stop」のヒットによる。中心メンバーは、サイモン・バーソロミュー(ギター)、アンドリュー・レヴィー(ベース)、ジャン・キンケイド(ドラムス)の3人。いずれも、イギリスの出身で、サイモンとジャンは白人である。黒人ミュージシャン中心のグループでないところが、注目すべき点である。 ドラムスのジャンは、明らかに黒人ミュージシャンと違った解釈の、16ビートを叩き出しており、ファンクというよりはむしろロック的なリズム・アプローチが非常におもしろい。(ミョーな感じだが、ジョン・ボーナムっぽいのである。)
 ファースト・アルバムでは3人の他に、後に正式メンバーとなる黒人女性ヴォーカリスト、エンディア・ディヴンポート、そしてホーン・セクションがゲスト参加している。この時点で、すでに彼らは“ジャズファンク”を現代的に解釈し、独自のサウンドを作り上げていた。

 つづいて、1992年には10人のラッパーたちと共演した、『HEAVY RHYME EXPERIENCE:VOL1』を発表。実験的な側面を見せると同時に、時代の先端と取り組み、結果的には大きな成果をあげている。

 前述の、エンディアを正式メンバーに迎え、初来日後の1994年に発表された『BROTHER SISITER』は、彼らの絶頂期を伝える名盤である。完璧に計算されたサウンドは、まさに“アシッド・ジャズ”・ブームの全盛期を伝えるものである。

 そして、そのエンディアが脱退し、後任にマイケル・ジャクソンのバックで彼とデュエットをしていた、サイーダ・ギャレットを迎え、1997年に発表されたのが『SHELTER』。このアルバムが、現時点における彼らの最新盤だ。

 企画盤やリミックス盤が多数リリースされ、かなり混乱しているブラン・ニュー・ヘヴィーズのカタログだが、正式なオリジナル・リリース・アルバムはこの4枚である。そして、いずれの作品でも、彼ら特有のクールで洗練された“ブラック・ミュージック”を堪能することができる。

 ブームの立役者であった彼らに続いて、同様のサウンドを目指したグループが多数、デビューを飾った。インコグニート、ブラック・ナス・オールスターズ…。いずれも、アメリカではなく、ヨーロッパからメジャーになった“ブラック・ミュージック”だ。そして、彼らは、共に“アシッド・ジャズ”・ブームを盛り上げていった。

 ブームの衰退と共に、なんとなく凋落してしまった感のあるブラン・ニュー・ヘヴィーズだが、彼らのサウンドは強烈に後進の耳に残っているようだ。リリースから10年程度しか経過していない、彼らのデビュー・アルバムのナンバーが、もうカヴァーされあちらこちらで耳にすることができるからだ。

 白人を中心とした、マイナーな“ブラック・ミュージック”の1ジャンルのリバイヴァル。それは、単にノスタルジーを刺激しただけでなく、新しいムーブメントを築きあげた。“温故知新”とは、まさにこのことを指す。かつてのシーンを読み替えながら、新しいシーンを形成する方法が、現代のロックにおいて唯一残された手法である。
 このようなムーブメントの再来によって、“音楽”が進化し続けていくことを願って止まないのは、俺だけではないだろう?

 未聴の人には、ぜひおススメしたいブラン・ニュー・ヘヴィーズである。単純に楽しめて、この上なくイカしている。そして、ここから“ジャズ・ファンク”を再考すれば、きっと新しい驚きにめぐり会えるはずだ。