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カバーアートは、ゲージュツだ!(第5回)
 1985年の春が訪れようとしていた、ある日のこと。
 俺はバンドの練習の帰りに、レコード店に立ち寄った。
 すでに就職はしていたが、“バンドでメシを食う”夢はまだあきらめきれなかった。俺達は、“自主制作”という最後の手段に訴えるべく、スタジオで録音を繰り返していた。しかし、ろくにプロモーションもできない状況で、どうやって自主製作盤を売ったらよいのであろうか?俺は、100枚の自主製作盤を売ることの困難さを痛感した。
 そんな俺が、その日探していたLPは、ビル・ブラッフォード&パトリック・モラーツのコラボレイト、またはパブリック・イメージ・リミテッドを脱退したジャー・ウォーブルかキース・レヴィンの新バンドのアルバムだった。輸入盤のコーナーをチェックし、お目当てのレコードに出会えなかった俺は、誰かの視線に気がついた。
 「?…」
 視線は、レジ横に置かれた一枚の新譜から放たれていたのだ。
 それは、後に血液が赤ワインであることが判明する、川島・“ポリフェノール”・なお美のニュー・アルバムだった。
 川島なお美は、俺が高校1年の時に、“アイドル歌手”としてデビューした。俺は彼女をはじめてTVで見て以来、「この娘はカワイイ」と熱を上げていた。しかし、俺の熱狂ぶりに反して、彼女が“アイドル歌手”として成功することはなかった。ほどなく、バラエティ番組に出演するようになり、しだいにその姿はブラウン管から消えていった。
 ところが、某TV局の深夜番組に端を発した“女子大生ブーム”が、ふたたび彼女にスポットライトを当てた。1980年頃のことである。リアルタイムで女子大生であった彼女は、“セクシー・グラビア・アイドル”として人気が爆発したのだ。水着やランジェリー姿で子悪魔のように微笑む彼女にふたたび魅了された俺は、写真集を買いポスターを部屋に貼りめぐらせていた。
 「なお美ちゃん、まだアルバムなんか出してたんだ。しっかし、歌はなぁ~。」
 イマイチなんだよねと思いながら、アルバムを裏返した俺の目に稲妻が走った。
 「!」
 タイト・スカートからニョキッと飛び出したなお美ちゃんの脚線美が、俺の脳髄にマグニチュ-ド∞級の衝撃を与えたのだ。
 「むむむ、こっ、これは…。」
 一瞬にして、俺の視界からすべての景色が消え去った。そして、邪教の破壊仏のように、なお美ちゃんのアンヨが曼荼羅を描きはじめたのだ。俺は脂汗を垂らしながら、経文のように「ビル・ブラッフォード&パトリック・モラーツ、ジャー・ウォーブル、キース・レヴィン…」を、繰り返し口の中で唱えた。なお美ちゃんのアンヨが彼等を、俺の意識から蹴り出そうとしていたのだ。
 しかし…。
 俺はまだ、修行中の身であった。このような霊力の弱い経文では、邪教“なお美ちゃんのアンヨ”には打ち勝つことができなかった。
 そして…、
 我に返ると、俺は川島なお美の新譜
『SCOOOP!』を手にして、レジ横に立っていたのである。おそるべき、なお美ちゃんのマインド・コントロール。

 

 
   

  帰宅した俺は、これまたセクシーなインナー・スリーブの端に、申し訳なさそうにローマ字で表記されていた、レコーディング・メンバーの名前を見て愕然とした。
 Keyboards : Hiroyuki Namba 、Haruo Togashi
 E.Bass : Tsugutoshi Goto 、Shigeru Okazawa
 Drums : Shuichi Murakami、 Tatsuo Hayashi
 E.Guitar : Tsuyoshi Kon、 Makoto Matsushita、 Takayuki Hijikata
 A.Guitar : Chuei Yoshikawa …。
 「こりゃ、中身も当たりかな?」
 …。
 10分が経過した。
 俺は無言で、レコード針を上げた。
 俺の耳には、1曲目のリフレインだけが残っていた。
 
「♪SCOOOP、SCOOOP、裏切ったのは、アナータ♪」
 その通り、裏切ったのはアナタ。川島なお美ちゃんだ。
 これ以後、このLPにレコード針が下りることは、2度となかったのである。俺は今までの人生で1,000枚以上のLPやCDを購入したが、“B面ヴァージン”のレコードは川島なお美の
『SCOOOP!』ただ1枚だけである。しかし、このLPを中古ショップへ“出家”させることは、今日まで実現されなかったのだ。
 その後このレコードは、裏ジャケットをこちらに向けて壁にディスプレイされるという、本来の目的と違う利用方法に甘んじることになったのである。
 しかし、
 どのような動機であれ、大枚“2,500円也”のこのアルバムが、1枚売れたことだけは確かである。売れてしまえば、売る側の勝ちである。おそらく、川島なお美の当時の人気から考えると、日本全国で数万枚はこのような買われ方をしたはずだ。俺と同様の経験をした修行の足りない男は、あなたの隣にいるかもしれない。
 自主製作で数百本のカセットテープ(たったの700円)を売ることに四苦八苦していた俺は、なにやら複雑な気持ちになった。それと同時にあらためて、カバー・アートの威力を思い知ったのである。こんなレコードの買い方は、CDサイズになってしまった今日では考えられないことで、なにやら遠い昔のお話のようである。

 それにしても…、
 この頃のなお美ちゃんは美しかった。

このページの背景は、問題の『SCOOOP!』の裏ジャケである。俺が体験した“曼陀羅”を、みんなも味わうがよい。ちなみに表ジャケはこの通りでした

http://matsuzack.jougennotuki.com/simpleVC_img/scoop1.jpg