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  コレクターにならずに、ユーロ・ロックを聴く方法(第2回)  
アレア  

 アレアが、他のグループと一線を画しているのは、まずそのアイデンティティの拠り所にある。彼等のサウンドは、近代西洋音楽に立脚していない。民族音楽に、それを求めているのだ。具体的には、地中海沿岸から東ヨーロッパ、さらには中近東、中央アジアへとつながる、いわゆるシルクロード沿いの地域の民族音楽だ。
 アレアの曲は、変拍子の宝庫と言われている。それは4・6・8という、ポップスでおきまりの偶数拍子がほとんど存在せず、5・7・9・11・13という奇数変拍子が圧倒的に多いということだ。これは、別に彼等が初めから変拍子を意識して曲を作ったわけではなく、民族音楽から引用したリフがたまたま変拍子ばかりだったということだ。なぜか民族音楽には奇数拍子が多い。
 しかし、一聴して彼等とわかる、ARPシンセサイザーの音で演奏されるこれらのリフはどれも個性的で、一度耳にすると忘れられなくなる。

 そして、アレアは民族音楽のアイデンティティを、ジャズの手法を使って表現をするのだ。メンバーは皆、スゴ腕のテクニシャン揃いである。そのレベルは、英米のグループと比較しても、トップクラスにランクインされるだろう。とくに、ドラマー、ジュリオ・カピオッツオのテクニックは、特筆に値する。
 一般的に、イタリアはバカテク“手数王”タイプのドラマーの宝庫とされるが、その中にあっても彼のスティックさばきはダントツだ。

 しかし、アレアのアレアたる所以は、演奏面ではないのだ。

 

 

 

 

左:ライブアルバム「Are(A)zione」のインナー
右:一般に、黄金期とされる、第2期アレアのメンバー。
左から、パオロ・トファンニ(G)、デメトリオ・ストラトス(Vo)、ジュリオ・カピオッツオ(Ds)、アレス・タボラッツィ(B)、パトリツィオ・ファリセッリ(Key)。
 
   デメトリオ・ストラトス。
 世界のヴォーカリストの中で、ただ一人、“声という楽器を演奏している”という表現を許される存在。ヴォーカリゼイションという言葉は、この男のためにあるようなものだ。彼の唱法は、腹式呼吸により声帯を響かせるという、近代西洋音楽が確立した技術とは別の地点に立脚している。それは文字通り、“喉で歌う”ことを指す、伝統的な民族音楽の唱法である。そして、彼のあくなき探究心は、ヨーデルからホーミー(モンゴルの土俗的唱法。ひとりでハモることができる!)までを、自分のものとするに至る。おそろしいことに、アレアの作品で聴くことができる不思議なハモリは、ダビングされたものではないのだ。(!)
 デメトリオのヴォーカリゼイションは、スゴ腕の演奏陣すら圧倒してしまうのだ。

 そんな、アレアというグループが一曲に凝縮されているのが、ファーストアルバムのアタマに収録されている、「7月、8月、9月(黒)」(Luglio,agosto,settembre(nero))である。この曲を聴けば、アレアのすべてが理解できる。
 これから彼等の音に接しようと考えている人には、ファーストアルバムから順に聴いていくことをオススメする。

 女性の美しい詩の朗読は、エジプト語によるもの。愛する人に、平和を呼びかけている。そしてデメトリオの声に導かれて、特徴的なARPシンセサイザーによる、独特のリフが、曲を進行させて行く。
 フリージャズ風の展開を見せる中間部がいったんブレイクすると、デメトリオの声が再びリフを導き始める。ここが、最大の聴きどころである!デメトリオの声によって、たまらなく暴力的な衝動が喚起されるのだ。ズン!ズン!ズン!…。そのへんにあるものを、次々に破壊したくなるような感覚に襲われてくることがわかるだろうか?まるでこれは、ヴァイオレンス・ジャック(永井豪作)のジャックナイフだ!


 

 
アレアのステージ風景。
デメトリオのゴツイ体に注目。
あの叫びは、貧弱な肉体からは生まれないのだ。
 ここで、一句、
 
デメトリオ、人間の暴力衝動を呼ぶ、原始の声。

 この暴力的なデメトリオの声は、ロック・スピリッツそのものである。これによってアレアは、民族音楽をアイデンティティとしていようが、ジャズの手法で演奏していようが、正真正銘の“ロックバンド”として存在するのである。
 「7月・8月・9月(黒)」は、イタリア共産党を支持する学生たちのテーマだったそうだ。イタリアの若者が、この曲を歌いながら熱く拳を振り上げる姿は、実に象徴的である。

 デメトリオ・ストラトスは1979年6月18日、白血病のため34年の短い生涯を閉じている。デメトリオの肉体は滅んでしまったが、レコードに刻まれた熱い魂は、永遠に輝き続けるはずだ。
 アレアは、真のロックバンドである。ユーロロックなどという、狭いカテゴリーで評価すべきグループではないのだ!


 

 
  アレアのコンサートへやってきた若者たち。
当時の空気が伝わってくる!
 
  ステージでリンゴをかじるパトリツィオ。
「オデッサのリンゴ」(La mela di Odessa)という曲で、このパフォーマンスを行ったという。マグマのコバイア語といい、どうもヨーロッパのグループには、このような意味不明のユーモアが多い。(笑)
 
  エキサイティングなオネーチャン(笑)
カワイイよね、この娘。ところで、このオネーチャンの左ナナメ下の男に注目!コイツの視線は、明らかにめくれ上がったポロシャツの中へ、注がれている。スケベもホドホドにしないと、このようにインターナショナルな恥をさらすことになるという(笑)、教訓的な写真である。(なんのこっちゃ?)
 
画像はすべて、ライブアルバム「Are(A)zione」のインナーより引用