『ロックス/エアロスミス(ROCKS/AEROSMITH)』(1976年発表)
SDE1
1.バック・イン・ザ・サドル(Back In The Saddle)
2.ラスト・チャイルド(Last Child)
3.地下室のドブねずみ(Rats In The Cellar)
4.コンビネイション(Combination)
SIDE2
5.シック・アズ・ア・ドッグ(Sick As A Dog)
6.ノーバディズ・フォールト(Nobody's Fault)
7.ゲット・ザ・リード・アウト(Get The Lead Out)
8.リック・アンド・ア・プロミス(Lick And A Promise)
9.ホーム・トゥナイト(Home Tonight)
私がロックに入門した1975~76年当時、“新ロック御三家”と呼ばれていたのが、KISS・QUEEN・そしてエアロスミスでした。
派手にマスコミに露出していたKISSやQUEENに比べ、エアロスミスは幾分控えめで、シングル曲も少なかったこともあり、なかなかその実像が把握できませんでした。
そんな1976年の暮のこと、親しい友人が『ロックス』を購入し、「ハンパじゃねーっ!」と騒ぎ始めたので、私はそれを借りることにしました。
ものスゴく寒い日であったことを覚えています。
帰宅してすぐに、誰もいない自宅のステレオで『ロックス』をかけてみたところ、いきなり「バック・イン・ザ・サドル」が、かつて耳にしたことのない重低音で私に迫ってきました。
「…!」
私は、他に誰もいないことを幸いと、ステレオのヴォリュームを思いっ切り上げて、そのヘヴィな音の世界を堪能しました。
「…!」
正直なところ、言葉が出なかった。という以前に、表現する言葉すら見当たらなかったという状態…。
“カッコイイ”と叫ぶしか対応できない。
私は、いままで体験したことのない、異様な興奮状態に陥っていたのです。
というのも、LP時代のSDE1のたたみかけ方は尋常でなく、「バック・イン・ザ・サドル」・「ラスト・チャイルド」と続いて、完全なトランス状態に入っているにも関わらず、「地下室のドブねずみ」でさらに追い打ちをかけるようにスピード・アップをするので、テンションは上がる一方になるのです。
1980年代のロンドンのヘヴィ・メタル・カフェで、あまりに激しくヘッド・バンギングしたおかげで脳の血管が切れて亡くなった人がいる、という話を聞きましたが、『ロックス』の前半でも、それは十分あり得ると思えます。
それは、ハードロックっていいなぁ…っと実感する瞬間、まさに、死んでもいいやっ、と思える瞬間です。
「シック・アズ・ア・ドッグ」で始まる、LP時代のSIDE2は、SDE1ほどのテンポではなくゆったりした曲が多いものの、その分、重低音が腹の底にズシズシ響きます。
そして、「ゲット・ザ・リード・アウト」・「リック・アンド・ア・プロミス」
と続くあたりで、アルバムの第2のピークがやってきます。
その後、どれだけ盛り上がって終わるのだろうかと期待していると、最後は切なく「ホーム・トゥナイト」が始まり、静かに、そしてドラマティックに盛り上げ、エンディングを迎えます。
ストーブも点けずに『ロックス』を聴いていた私ですが、「ホーム・トゥナイト」を聴き終える頃には、寒い日であったにもかかわらず、汗びっしょりになっていたことを覚えています。
これほどカッコいいサウンドがこの世に存在するものなのか…。
今から考えると滑稽ですが、このときは真剣にそう思ったものです。
さて、一段落して、インナースリーブに目をやると、メンバーのステージやレコーディング時の写真がびっしりコラージュしてあり、ミーハーな私はまたもや、ここから一撃をくらってしまったのでありました。
「ストーンズっぽいなぁ…」
「こっちのギタリスト、イカしてるじゃん」
ジョー・ペリーとの出会いでした。
私の理想とする、ロック・ギタリストのルックスとファッションがそこにありました。長髪、レザー、ウェスタンブーツ、インドシルクのスカーフ、ターコイズやシルバーのアクセサリー…。
ジョー・ペリーになりたい…。
これまた、今から考えると滑稽ですが、このときは真剣にそう思ったものです。
私が高校入学と同時に髪を伸ばし始めたのは、間違いなくジョー・ペリーからの影響です。
もうひとつ、私は『ロックス』から、その後の音楽人生に影響を及ぼすことになる、“ファンキーなリズム”を教えられました。
エアロスミスのリズムは細かく、さらに語尾がハネる特徴があります。
(それは、「ラスト・チャイルド」や「ゲット・ザ・リード・アウト」のリフに顕著です。)
このためリズムが単調にならず、またベッタンベッタンした、ただ重いだけのサウンドにならずに済んでいるのです。
私がこれ以降、ファンキーなハードロックのリフを好むようになったのは、これまた、間違いなく『ロックス』からの影響です。
その後長いこと、『ロックス』における重低音サウンドは私の研究対象となりました。しかし、あれから30年以上が経った今になっても、これを超えるアルバムにはお目にかかることができませんでした。
『ロックス』がいかに突出したアルバムであったか、おわかりいただけたことでしょう。
エアロスミスに関するオマケの話
私がハタチの頃、初めてオリジナル曲を人前で演奏した際、何人かの友人から同じことを言われた。
「ジョー・ペリーっぽいじゃん…」
当時はそれほど彼に関心を持っていなかったのだが、少年期にかなりの衝撃を受けたので、私のDNAに強く刷り込まれていたのだろう。
ジョーのギター、ありゃなんだろう?
ウマイのか、ヘタなのかよくわからないギター。
リフやコードカッティングのセンスは一級品なのに、リードギターを弾き始めると、とたんに妙な指癖フレーズばかりになり、もつれたような、スライドを使っていないのにスライドみたいに粘る、不思議な引っ掛かりのある、ぎこちない不器用なプレイになってしまう。
とくに『ロックス』の自作曲では、何をやっているのかよくわからない、グニョグニョしたパートが多く(「バック・イン・ザ・サドル」「地下室のドブねずみ」「コンビネイション」など)、もう一方のギタリスト、ブラッド・ウィットフォード作の曲における(「ラスト・チャイルド」「ノーバディズ・フォールト」)、整然としたフレーズと対照的である。
『ロックス』は、前後のアルバム『闇夜のヘヴィロック(TOYS IN THE ATTIC)』・『ドロー・ザ・ライン(DRAW THE LINE)』と比較すると、音がスッキリ聴こえてこないというか、モヤがかかったようなエコーが全体を支配しているため、余計にそう聴こえるのかもしれない。
一説によると、この頃のジョーはヘヴィ・ドラッグで、いつもアタマの中に霧がかかっていたらしい。
また、ブラッドとの対比は、『ライブ・ブートレグ(LIVE BOOTLEG)』で明らかだが、キチンとしたリズムで端正なソロをとる“巧い”ブラッドと、リズムが早くなったり遅くなったりしながらイレギュラーなソロをとる“旨い”ジョーが、微妙なバランスをとりながらアンサンブルを構成している。
このキナクサイ感じは、ジョーが当時のバンド内で浮いていたことによるものだといわれているが、まさに火花が散るようなインター・プレイが克明に記録されている。
ジョーはブラッドあっての存在であり、しっかりと下ごしらえされた料理にほんの少々加える、刺激の強い調味料のようなものなのである。
おかげで、エアロスミスを脱退したジョーによる、ジョー・ペリー・プロジェクトの作品は、どれも中途半端な内容で終わってしまっている。
そもそも、刺激の強い調味料だけの料理なんて、ずっと食べ続けたいと思わないでしょう?
その後、過去の過ちを反省したジョーはエアロスミスに復帰し、健康的な生活と盤石のチームワークを手に入れたが、もうそこには、かつてのような妖しさやキナクサさはまったくなかった。
再結成後のエアロスミスはおもしろくない。
私が好きなジョー・ペリーは、『ロックス』と『ライブ・ブートレグ』で聴けるような、妖しく火花を放っている瞬間だけである。時期的には、ほんの2~3年のことなのだ。
にもかかわらず、オリジナル曲を作ったら、「ジョー・ペリーっぽいじゃん…」などと言われるのだから、その衝撃度の大きさが伺い知れるというもの。
余談だが、ジョーはインタビューなどで、ジェフ・ベックのファンであることを公言しており、来日公演のリハーサルで「フリーウェイ・ジャム」を完全コピーして弾いていたなどという証言があるので、あのトリッキーなプレイのヒントがそこから来ていることは確か。
同じようにジェフ・ベック・ファンである私には、ジョーのフレーズのルーツがよくわかる。
いずれにしても、私と同じように、ジョーにインスパイアされたグループは海外にもたくさんいて、ハノイ・ロックス、ラット、ガンズ・アンド・ローゼス…。とくにアメリカにおいて、これ以降のロックバンドのお手本となっていることは間違いない。
ストーンズから影響を受けて…、ヤードバーズにあこがれて…、いえいえ、みんな正直に言いましょう。
エアロスミスに、いや、ジョー・ペリーにあこがれた、っとね…。
(初出;ブログ『ROCKのある風景』2008.6.29、7.6)